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自作詩集「ひとりごと」


自作詩集「シリウスの伴星」

編み針

電話が来た と思ったのは空で
母の手をまねて 編み針を持ったら
母の声が 聞こえてきた

柱にもたれて 無心に針を動かす
母の瞳を かすめたものは
私や弟の動く姿ではなく
私や弟の形をした
風だったのだろうか

穏やかな母を うるさがらせたものは
私や弟の動く姿ではなく
まぶたにかかる 前髪だったのだろうか

そんなつもりはなかったけれど
母の手を真似て 編み針をもったら
母の心になっていた

父を呼ぶ声

舞い上がる桜吹雪
届かぬほど遠い未知の国へ
一人娘送ってから
三度目の春

流れ着く場所が
大人になった君に似合う街なら
きっと何処まで追いかけても
この腕すり抜けて行くだろう

あやうい足取りで
空を仰いだ子供の頃

あの頃と何が変わったのか
わからないまま
やがて ひとり とりのこされていく

涙渦巻く公園のブランコに
君が見えるよ
父を呼ぶ声

春の海岸

桜吹雪の 海岸では
春真っ盛り 妖精たちが
少し冷たい 海風誘い
少女の影と 波をからめる

名残桜の つぼみの数を
青空透かして 見上げていると
遥か海鳥の つぶやきが
海風に包まれ 空に渦巻く

海岸を走る 車の窓に
春の妖精たちが飛び込み
踊り場を失って
少女の手のひらに 舞い降りる

春まで保てなかったわたしの愛は
よみがえる思い出になすすべもなく
こんなにも切ないのは
あなたがとても幸福すぎるから
あなただけがとても 幸福すぎるから

愛を心に

沈む夕日 感じるだけの
愛を心に 育てられたら
明日 花開く 青いつぼみを
今日 手折ったり できないでしょう
待ってください 朝が来るまで
夢を辿って 空色になるまで

星の光 受け取るだけの
ほんの少しの 想いがあれば
明日 見えてくる 遠い未来を
今日 影の中 信じられる
待ってください 朝が来るまで
夢を辿って 空色になるまで 

生まれ出(いず)る者の手

ゆりかごの中から見上げる空は
やっぱり 青・・・ですか
あの空の向こうから
あなたは送られてきたのでしょう
わたしたちの 地球に

街のざわめきも
地を覆う冷たい黒雲も
あなたはまだ 何も知らない
そして目を閉じて漂っている
青空の向こうの 透明な宇宙

早く! 飛び出しておいで

こんなに汚れた世界だけど
何も知らずに過ぎてしまうよりは
たくさんの色を見た方がいい

なぜ生まれてきたか 誰もわからないけれど
生きている者だけが
生命(いのち)の色を見つけられる

消えていった億万の命と
残された莫大な遺産
その繰り返しが宇宙の法則であるなら
限られた生涯のうちに なにかを残したい
小さな社会に閉じ込められて
どんな創造も行き場を失う世の中であっても
染まりながら 歪みながら
苦しみながらでも
自ら輝く色彩を持ちたい

先行く者よ 見守っておくれ
生まれ出る者の手が 今
空をめざし 動き始めた

心にラッピング

願いごとは 心を
ラッピングして 飾るわ
あした晴れたら 赤いシャツ着て
公園を駆け回るの

 みたい いきたい
 なりたい あなたの
 あなたの 恋人に

願いごとは いつでも
飛ばされてゆく リボンね
あなたのまわりを くるりと回って
大空の中 消えるわ

 みたい いきたい
 なりたい あなたの
 あなたの 恋人に

鳥のように

なんにもすることがなくなると
私のこと 思い出すみたいですね
 あなたって人は
「それでいいさ」って
少年のようにつぶやいて見るけれど・・・

鳥のように自由に飛び回り
リスのように見え隠れして
好きなこと好きなように
思い通りに振舞ってほしい

やわらかな鳥の巣にも
あたたかな木のむろにも
わたしはまだ なれないけれど
そんなわたしでも そばにいていいのなら
そばにいるだけでいいのなら・・・

でもときどき わたしの一人相撲
 あの人は今 淋しくないのかしら・・・
自分勝手でわがままなわたしだから
淋しくなると
 あの人も 淋しければいいのに・・・

いつか あなたの後ろについて 空を飛びたい
無邪気に 小枝の間で かくれんぼでもしよっか
わたし きっと ついていけなくて
泣きべそをかくだろう
でも 待たなくていい
わたしは 自由なあなたが
飛び回る あなたが
一番 好きなのだから

東京

求めず 悩まず
考えないで 生きてゆけ
仕事をこなすに 仕事を考えるな
付き合いをこなすに 人を見るな
すりぬけてゆけ
心で 生きては ならぬ
ならぬのだ ぞ

時間

こうしている間にも
時間は 失われていく
しかし 一人でいる限り
誰も 傷つけずに済むし
自分も 傷つかずに済む

その日 食べるために
親の金を削っていた 頃にくらべたら
たった一人で 生きている時間 であっても
許されて 一人でいるようで
気が楽でいい

私には 幸せになる チャンスと
死ぬ 自由が ある
それは 一人の時にしか 与えられぬものだ

何もしないで 空を 眺めている
強がりでなく 本当に
幸福だ と 思う

子供の話

子供は 無邪気だから
美しい と 思う
しかし
金持ちの 子供が
金の話を するときは
無邪気さゆえに 恐ろしい
生かしては ならぬ と 思う

朝の顔

よく眠った日の朝は
鏡に映る顔が
赤ん坊のように 美しい
この顔で 外に出たらば
怖い目に合うような 気がして
なにやら 恐ろしい
田舎で 草でも むしっているのが
一番 似合う 顔だと思う

本当は

土地にしろ 家にしろ
金を払ったから おのれのものだと 考えるのは
誰も責めはせぬが
本当は 間違いなのだ
給料を もらっていても
それで 生活ができるのは
どこかで 他人から 奪っているからで
気づかぬふりを してはいるが
問われたら 逃げるしかない
罪の上の 生活なのだ

無題

生きることが つらく
生きることが 苦しく
そして よろこびが わずらわしく
なにも わからない わたしは

しあわせになるために
うまれてきたわけじゃない

と うそぶいている。

無題

楽になりたいと願う
ただそれだけのために
なんと多くの時間を費やし
過ぎていくことか この人生とは

全て死に向かう
ただそれだけのために
なんと多くの生命が
現れることか 休みもなく

生きることについて(死ぬことについて)
子供のように問うてみる
人生に課せられたその宿題を
やがて思い知るときがくる

古来 自然の中で生きていた頃
人は毎日学んでいた
 なぜ生まれ なぜ死ぬか
人々の中に世界は開かれていた
間違いがあるにしても
答えはいつでも用意されていた
それは問うことをためらわずにすむ
身近な親しげな問題だった

今になって文明は
答えを見失ってしまったようだ
間違いを否定するばかりで
何を得たつもりになっているのか
今では語ることさえ避けられている
 死についてなど

楽になりたいと願う
その苦しみをテーマに
今ふうのやり方で解く
神の指導のもと
繰り返される授業のように

無題

子供がおもちゃ箱から
おもちゃを取り出すように
たくさんの物思いの中から
ひとつの物思いを取り出し
眠りつくまで
物思いとたわむれている

自作詩集「シリウスの伴星」