ノボシビルスクに来た日本人 ―― はじめてのロシア

はじめてのノボシビルスク

 2001年9月、私は、ノボシビルスク工科大学の日本語教師に採用されて、初めてノボシビルスクに来た。 地図を見たとき、ノボシビルスクはモンゴルの上だから、「羊と遊牧民のいる田舎」と思っていた。 しかし、来て見ると、ここは人口150万人の大都市、アカデムゴロドクという有名な学術研究都市を持つ、 ロシア・シベリアの首都であった。

 町の大きさ、豊かさ、美しさに驚愕した私は、なぜかそのとき「これを日本人に伝えたい」と思った。 たぶん、多くの日本人はノボシビルスクを知らないはずだ。そこでノボシビルスクを紹介するWebサイトを作ろうと、 情報を集め始めた。そして日本向けにソフトウェア開発をしているノボソフト社に取材を申し込んだのだが、 取材というよりも、逆に面接を受けることとなってしまい、そのままそこで働くこととなった。

 2001年にロシアの日本語教師の仕事を見つけ、田舎でも何でもとにかく「ロシア」と思って日本を発ったのだが、 来て早々、ロシアIT企業でアルバイトとして働くようになってしまったのだ。

ロシアlT企業体験記

 ロシア企業で働くことは、感動と苦労の連続だった。ロシア人の技術力はすばらしく、 最新の多様なプラットフォーム、データベース、プログラム言語をうまく組み合わせて、複雑なシステムをスマートに作ってしまう。 確かに作る能力は凄いのだが、日本の顧客との折衝には難しい問題がしばしば起きた。日本側の要望や仕様が矛盾だらけで、 それを強制されたロシア人プログラマーが神経失調になったり、 中小企業向けのシステムであるのにロシア人がMicrosoft製品並の品質を作ろうとして見積額が100倍も高くなったり、 納期がせまり「ここは正念場だから頑張って」と日本人が言うと、ロシア人は「残業させるなら金を出せ」と返したり。 その間に立って、私とロシア人の通訳は、毎日議論し、ロシア人技術者をなだめすかし、日本人に頭を下げた。 メンタリティーの溝があまりにも大きく、日口交流の将来を憂いたものだ。

 しかし、時には、顧客からの仕様を翻訳して技術者に渡した後、全く手がかからず、あっという間に納品終わりというケースもあった。

 一番面白いパターンは、日本企業側が技術を知らず、アイデアだけがあるという場合、ロシア人が目的を理解して、 実現方法を提案する。提案通りにシステムを開発すると、びっくりする程の理想的なものができる。 当時は「ロシアのオフショア開発」がまだ日本では知られていなかったが、日露の企業同士の分業・協力体制をうまく組めば、 中国やベトナムと差別化できる、高品質で低コストのソフトウェアを量産化することも夢ではない、と思った。

アカデムゴロドクの研究所と技術シーズ

 ノボシビルスクには、40以上の研究所、1200名以上の博士、3500名近い研究者が働いている。 研究所の多くは、オビ河沿いのアカデムゴロドクに位置して建つ。アカデムゴロドクは、 ロシアの科学センターのひとつである。ユニークなのは、ここが国際的学術交流センターであるばかりでなく、 様々な国から来た研究者のトレーニングセンターでもあるということだ。

 私は、日本からノボシビルスクに来られた方を、必ずアカデムゴロドクの「ロシア科学アカデミーの展示会場」にご案内することにしている。 ここには、ロシア科学アカデミーの研究所が「商品化」まで視野に入れて開発した技術シーズが、模型や実物とともに飾られている。 私は、ロシア人通訳といっしょに、「科学アカデミー技術シーズカタログ2003」を日本語に翻訳したが、 そこには、「世界に類がない」「世界の類似物より良い」などとPRした技術シーズが100以上もある。 おそらく、玉石混在であろうが、業界動向を変えるユニークな新発明が埋もれているはずだ。  うれしいことに、私の出身の秋田県の技術視察団が、2003年にアカデムゴロドクを訪問してシーズ調査をしたが、 その時に発見されたロシアの技術が早速採用されて、日本での商品化にむけて協力がはじまったそうだ。 ロシアのアイデアと日本の資本が結び付いて、ビジネスが成立するというのは、なんともかっこいいことだ。 シベリアには素晴しいポテンシャルが秘められている、と一人悦に入っている。

  ノボシビルスクには、モスクワやサンクトペテルブルクなどのような洗練された観光名所はないが、 白樺と松の森、オビ河をせき止めて作った「海」と呼ばれる湖、ロシア一(=世界一)大きいオペラ・バレエ劇場など、 心奪われる風景がある。また、世界のどの学術分野にもノボシビルスク出身の著名な研究者がいるが、 一般の教育レベルも非常に高く、そのせいか、治安が非常に良い。物理や数学ばかりでなく、 絵画や民芸、宝石加工などの職人が腕を競い、伝統的に受け継いできた生活があり、貴重なものを大切に保管し、 伝えてきた都市、そういう誇りと落ち着きをもっている。ある意味で、モスクワやペテルブルグより、 本当のロシア人の生活と文化があると言っても過言ではないだろう。

EURASIA View 2004 April Vol.29に掲載(2004年4月)

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